第3話 人柄の話(2006年6月)

普通なら腹が立つ事も、
(あやつならしょうがない)
そう思える奴が稀にいる。
これに対し、
(お前のやる事なす事、全て腹立つー!)
そんな奴も稀にいる。
相性も多少はあろうが、すごい奴は大体がすごいと思っているし、そんな奴は大体がそんな奴だと思っている。
民衆に意見を求め、三分の二以上が認める「そんな奴」それが人柄というものではなかろうか。
私は営業っ気が微塵も感じられない営業ではあるが、それでもいちおうは営業なので、色々な人と会う機会が多い。多いがゆえに人柄の効能と人柄の恐ろしさを人よりも心得ているつもりでいる。(うぬぼれ)
稀に会う独特の雰囲気を持ったダンディー中年。
「どうだ?」
いつもなら撥ね返すところであるが、その皺深い円熟したお顔で見つめられると、
「むむ…、そう言われましても…」
どうした事か後れをとってしまい、
「君はどう思う? 僕はこう思うんだ。 違うかい? ん?」
重圧で優しい声音、それにまろやかな「ん?」が相まって、
「僕の負けですぅ」
やられてしまう事がある。
そんな時、私は心の反省会をするようにしている。
彼らに共通しているのは、
「超自然」
その事で、反省会といってもその要因を考えるのが常であるが、初対面なのに超余裕、超フレンドリー、それでいて偉ぶらず、今からでも飲みにいけそうな雰囲気を彼らは持っている。
むろん、発言に知的な匂いと経験、それなりのテンポは必要であるが、それらが多少欠落していようとも、前述の要素があるだけで何となく圧倒されるものだ。
ちなみに私は歴史好きなので、大物と出会った時、その人がどんな大名に属すのか考えてみる事にしている。やはり恐ろしいのは家康タイプで、ああいうのと出会った瞬間、負けを認めている自分に気付く。何を言っても駄々っ子パンチをしているようにしか思えず、空虚感に苛まれ、次第に意気消沈し、疲れたところでキツイ一発を貰うのが常である。
そうそう、柳川で北原白秋とウナギの次に有名なのが立花宗茂であるが、この人も凄い。実に男気のある馬鹿正直な人で、戦況不利でも義理のある側に付き(戦国大名は男気のある世界のように思えるが実は風見鶏ばかり)、関ヶ原の後、領地没収となったのであるが、数年後に舞い戻った。
徳川家が領地を没収し、徳川家が舞い戻したわけであるが、狡猾な家康は宗茂にこう言ったそうな。
「なんか分からんけど、あやつは憎めん」
いる、いる、そういう奴いる。
宗茂が鼻ほじりながら、
「ありがと、徳ちゃん、うれしいよー」
そう言ったかどうかは知らぬが、そう言ってくれたと期待したい。
(得な人柄になりたい)
それは万人共通の願いである。
人柄キング・長嶋茂雄に乾杯。
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