第137話 愛搬送マシーン(2018年6月)

高専の先輩にねじり板金屋さんがいる。
鉄の板をぞうきん絞るみたいに捻り、高精度なネジを作る。何に使われているのかというと太陽光発電の基礎で、大地にねじ込んで使う。



[使い方を間違えた捻り板金]


これが売れに売れたそう。が、一気に売れるモノはスッとやむ。売電価格の低迷でアレは何だったのかと思うぐらいピタッとやみ、増強した生産能力に空きが生じてしまったらしい。
先輩は呑みながらこう言った。
「なんか使いみち考えて」
先輩は相談する人を間違えた。が、酔ってた事もあり「考えます」って言ってしまった。
それから数日考えた。地面にねじ込む以外に何か用途はあるだろうか。
実は11年前にも同じような事を考えた事があって、その時は2本のねじり板金でミカンを潰して搬送したり、粘性体(その時はアイス)を押し出す構造を作ったりした。これがなかなかの失敗に終わり、唯一注目を浴びたのが簡易搬送だった。
簡易搬送は一般的に送りネジを使う。送りネジといえばボールネジ、少し安いのが台形ネジ、それに代わる更に安いネジとしてねじり板金を使った。



[ボールネジと台形ネジ]




[ねじり板金を使った簡易搬送]


これはなかなかよく出来た。色んな人が「売ってくれ」と言ってきた。が、売れなかった。このタイミングで前職をクビになり、クビついでに阿蘇カラクリ研究所を創業した。
そういう経緯もあって「もう一度簡易搬送に挑戦しよう」という運びになった。尚、簡易搬送だけじゃなく「他にも使いみち考えて」と言われたが、そこは前回懲りた事もあり、
「賞金出して募集しましょう」
つまり他力本願で行こうと提案し了承された。
とりあえず発表の場がいるので日本最大のモノづくりフェスティバル「メーカーフェア東京」に応募した。これの書類選考に合格したら試作に着手と約束し、先月着手に至った。
それから簡易搬送の事をぼんやり考えている。
簡易搬送の要は送る構造とコストに尽きる。構造が決まってしまえば後は金型作ってナット(動く部分)を成形するのが一番安く売れる。が、金型製作はまとまったカネがいる。自慢じゃないが私はカネがない。先輩に軽く打診した。
「俺もカネがないからお前に相談したんじゃないか、そこを察せ」
何も言わないけど顔にそう書いてあった。カネはないと察した。
金型の見積もりも試しに取った。見た瞬間ムリだと分かった。潔く諦める事ができた。
「作っちゃいけない削っちゃいけない、世の中にある一番安い部品で試作するんだ」
引き出しに使われるコロコロや樹脂パイプを使って11年前よりも簡便で安っぽい構造を目指した。
ガイド(土台)は平成のメカ技術者なら誰もが一度は使った事ある工業用アルミフレームと決め、モノに合わせて何十種類も試作した。
ところで試作という作業は実験の数が増えると何がいいのかサッパリ分からなくなる。悪いモノは潔く捨て、モノは捨てても結果だけはデータとして残し、そこにコストという制限を突っ込み、いいところを模索する。機能ばかりを追ってもこの作業は永遠に終わらず、コストばかりを言っても全く先に進まない。落とし所を探すのが試作という作業で、本来なら客に試作費という大枠を頂いて着手するのが筋。が、そこは先輩後輩・酒場会議の悪いところで何の相談もせず勝手にジャンジャン進めた。
「まぁ実費ぐらいは払ってくれるだろう」こっちはそんな思いだし、向こうは「まぁ悪いようにはせんだろう」そう思ってくれてると信じている。
で、作った試作第一号が手動式愛搬送マシーン。たくさん作った搬送系の一本を愛搬送仕様に改造した。



これは先輩も不安になった。なぜ搬送するモノが愛なのか、それ即ち「嫁とイチャイチャしたい」それが理由だけど、そんな理由は知ったこっちゃない。
「マジメにやってるのか?ふざけてやってるのか?」
「むろんマジメです」
「マジメならいい」
そういう問答を経て試作の続行を指示された。

愛搬送マシーンは意外と好評だった。送り構造の試作だから語るべきは搬送の仕組だけれど一般の人に仕組の説明はいらない。何をどういうビジュアルで運ぶかが重要であって、プライスレスの愛を安い構造で運ぶ試みは愛を求める民衆の心を打った。動画を載せたら色んな人から「タダでくれ」と言われた。
「俺も安っぽい愛を安っぽく運びたい」
愛を求め続ける北斗の拳ファン(同世代)の意外な反応を受け私は味を占めた。
「電動版も作ろう」
仕事そっちのけで夜な夜な電動版の図面を描いた。描いた後やっぱりBGMが欲しくなった。MP3再生器を買った。買った後お金の事が心配になって念のため先輩に聞いた。
「予算ですが、このくらいは使っていいですよね?」
「…」
先輩は数日沈黙した。沈黙の後、
「やってくれ」
涙ながらにそう応えた。
それから音の選択に悩んだ。愛を伝える音って何が正解だろう。一方通行ではいけない。愛搬送マシーンは行ったら戻ってくる。愛を問うて答えを求む。ラブレターみたいなものだ。
「ラブレター!」
すぐ手製の昭和名曲一覧(5000曲)で「ラブレターフロムカナダ」を追った。が、出てこなかった。それもそのはず曲名は「カナダからの手紙」だった。100回くらい聴いてるけど初めて知った。
「いい!歌詞もリズムも最高だ!」
音は決まった。マシンの名前も曲に因んで「ラブレターフロム私」に決めた。
急ぎ組み上げ配線し数回遊んだ。遊びながら気付いた。
「これNGの時はどうすんだ?」
搬送した愛がいつも愛のカタチで戻ってくるとは限らない。「ごめんなさい」も大いにありうる。
「これはいかん」
すぐに運命の選択スイッチを追加し、お断りの場合は別の曲が流れるよう配線を変えた。
やればやるほど悩みは尽きなかった。
「お断りの曲ってあるか?」
失恋を歌うパターンはあるが「お前嫌い」って叫ぶ歌はあんまりない。どうせなら残酷の極みがいい。美しい日本語で打ちのめすように「お前嫌い」語って聞かせる歌ないか。昭和名曲一覧を一晩眺め、ついに発見した。
「これだ!オリビアを聴きながら!」
史上最悪のフリ文句がこの曲にあった。
「疲れ果てた〜あなた私の〜まぼろしを愛したの〜」
「酷い!酷過ぎる!今を語るなら兎も角、過去をまぼろしって酷い!今までの事をなかった事にするなんてあんまりだ!それならバッサリ否定された方がマシだ!彼から思い出も取り上げるなんて残酷過ぎる!曲名替えろー!極悪非道を聴きながらにしろー!」
深夜2時、私はこの曲を30回ぐらい聴いて怒りにふるえた。
これしかないと音源を選択し、搬送時間に合わせ曲を引き伸ばした。引き伸ばした事で檄文の粘りが増し、ますます極悪非道になった。
最後にラブレターを入れる箱にもこだわった。
最初は手作りして作った。が、安っぽくてダメだった。展示会に出すモノだからモロ宝箱って感じがいい。どうせなら金属がいい。重厚な鋳物はないか。ネットにあった。即買った。これにて愛搬送マシーン電動版「ラブレターフロム私」ができた。
前回同様、嫁と動画を撮ろうとした。が、「絶対イヤ」と嫁が逃げ回った。仕方がないのでその辺を歩いていた次女にお願いした。「顔出さない」「100円あげる」これを条件に請けてくれた。



メーカーフェアにはコレの他、スパイラル説明マシンや上下左右の搬送系を持って行く。これらの試作はむろん赤字。東京へ出張する経費などを考えるとマジで嫁に言えない。が、私は根っからのお祭り好きだ。横文字嫌いだけどモノづくりフェスティバル「フェスティバル」だけは心が躍る。

先輩が僕の試作を待っている。
先輩は上下関係と酒の付き合いで私が乗ってきたと思っているに違いない。が、違う。その先に祭りがあるからノリノリで乗った。正直、祭りの後は冷める気がする。ていうか、祭りの日、テンション高い若者を見た瞬間に冷めるだろう。私は逃げる。二年前のメーカーフェアもそうやってドロンし、嫁に任せてほぼ現場にいなかった。(動画はこちら
私は祭りが好きだ。好きだけど祭りに浮かれてヒューヒュー叫ぶアップルの発表会みたいな連中が大の苦手だ。これは矛盾、矛盾だけど池波正太郎曰く、矛盾は人間の本質らしい。
たまには赤字覚悟の仕事がしたい。しなきゃ病気になると思うけど、最近酒場で請ける仕事が多く「たまに」じゃなくなっているところに経営危機を覚える。が、楽しい。理屈抜きで楽しい。創業十年で今が一番楽しいかもしれない。
「苦しいよー楽しいよー」
隣で赤子が泣いている。家族が増えて矛盾がいっそう深い。
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