夏パラダイス板東池(2016年8月) 地震後、幾つも水源が枯れた。 「枯れたぶんはどこへゆくのだろう?」 不思議に思っていたら色んなところで水が噴き出したり水量が増えたりした。 一つの事例として板東さんちを紹介する。 板東さんは水源の隣に家を借りていて、地震後危うく水没しかけた。 「どうやって水没を免れたんですか?」 小川を2本掘って池の水を支流に流したそう。 板東家は一風変わった家で奥様は海外青年協力隊上がりの毛皮マニア。道でテンが死んでたら必ず拾うそう。他にも鹿とかアナグマとか、毛皮になりそうな生きものは努めて貰うようにしているらしい。 「そんなに貰って、そんなに作ってどうするんですか?」 「分かりません、現在模索中です」 自宅の壁は毛皮だらけで近々毛皮教室を開くと言われていた。 「毛皮教室?」 聞きなれない日本語にビックリした後、誰も来ないと思った。思ったけれど、それを言っちゃおしまいだからあえて言わなかった。 もちろん夫も変わってる。 夫は山の手入れが本業らしく、木を見てたら家を作りたくなって本格的な家を建てた。 「借家に建てていいの?」 いいらしい。それが田舎の借家だそう。 息子も少し変わってる。 板東さんには三人の息子がいて、その長男(小学四年生)は自称モノ作り大好き人間。ちょくちょくアソカラに材料を貰いに来ては巨大でくだらないモノを作って親をギャフンと言わせてる。将来は乗用可能な巨大ロボットを作りたいと言うので、以前、大きめのモーターをあげた。少年は喜び勇んで何か作った。作って学校に持って行った。後日この長男と同級生、うちの三女が呆れ顔でこう言った。 「おっとーが本格的なのあげるから学校の床が焼けたじゃない!」 モーターを使った何かが急に煙を吐きボヤを起こしたそう。笑った。とばっちりは嫌なので知らんぷりし、第三者として大いに笑わせてもらった。 そんな家族だから水没の難を技術とチームワークで乗り切った。 私は水没の事を知らなかった。何も知らず、ふらり板東宅に立ち寄った。その日も猛暑日で、猛暑ゆえ板東家の水郷っぷりに感動した。 「凄い!最高!お堀ができてる!水も冷たい!超きもちー!」 冷たくて当たり前、湧水だからギンギン冷えてて澄んでいた。 すぐに帰る予定だったけれど冷えたビールを持ち込んでたっぷり半日BBQを楽しんだ。 気に入った。板東さんには気の毒だけど、この夏のパラダイスは板東池に決めた。うだる猛暑日、お堀に足を浸しつつ、冷たい何かを呑むだけで「あー!」ってなれた。 「間違いない!パラダイスだ!居座るぞ!」 板東家はちょっと迷惑そうに私をほったらかしにしてくれた。 8月22日、その日も猛暑日だった。 仕事をしてたけど汗ダラダラで仕事にならず、製図も組立も加工もムリだと思った。そんな中、子供たちが帰って来た。その日は早めの始業式、半ドンだった。子供たちも汗だくで、どこかへ涼を求め探検すると言った。 「よし!一緒にパラダイスへ行こう!」 保冷バックに冷えたビールを3本入れ、うちの子と近所の子を連れ家を出た。途中、板東さんにメールした。この日は平日、板東さんちは二人とも仕事で不在だった。誰もいない家で勝手に涼むのは気が引けるのでいちおうメールした。すぐに返事が来た。 「涼むのは構わんけど怪しまれると色々問題があるので念のため大家さんがいたら挨拶しといて下さい」 確かに「知らない奴が勝手に板東さんちで遊んでる」となったら田舎の防衛システムは直ちに反応する。面倒臭くなるのは嫌なので板東さんちの子供を拾って行こうとなった。聞けば学童保育に長男次男がいるらしい。 学童保育と聞いて一瞬やだなぁと思った。私が、と言うよりカラクリ屋が子供の集まる場所を苦手としていた。が、背に腹はかえられず、渋々保育所に寄った。案の定、顔見知りの少年少女が全力で集まってきた。 「カラクリが来た!」 「馬鹿ラクリ!バカ!バカ!」 「なん作りよると?また使えんロボットね?」 「また家族ば泣かしよるど!」 徹底的にバカにされた。カラクリ屋は大人が発す蔑みの目も嫌だが、バカ正直に叫びまくる小さい子供も苦手だった。 「このウンコたれ!寄るな!アホ!」 知ってる子供と全力で戦いつつ最後にエンガチョして逃げた。 ぞろぞろ引き連れパラダイス板東池に着いた。 水と出会った夏の子供は興奮しなければならない。それは子供の義務で全員ちゃんと興奮した。が、男子と女子でその具合が違っていて、やっぱり男がアホだった。 水と徐々にふれあい始める女子に対し、男子はすぐさま駆け上がった。池に寄り添う斜面があって勇気を示すジャンプができた。少年の気持ちがよく分かった。本当ならチンコ丸出しでジャンプしたいに違いない。女子がいるから脱ぎたい心をグッと抑え、服のままダッシュ。最も高い場所から「あーああー!」て言いながらジャンプした。 時代は変わっても掛け声は変わっていなかった。ターザンは凄いと思った。 ちなみにこの跳び込み斜面はレベル9がマックスで、斜面を支える棒のエリアでレベル分割されていた。下が1、上が9、レベル9はこの少年しか飛べなかった。 彼の名はアキフミ。板東家の次男で何と小学一年生、大人も上級生も跳べないのに彼だけが臆する事なく跳んだ。 「なぜ跳べる?」 上級生の質問に彼は青っ洟も拭かずドヤ顔で返した。 「僕だけん跳べる」 分かった。彼はまだ幼くて恐怖という感覚を持ち合わせていなかった。 私は板東家の堀に足を浸してビールを開けた。途中、肴を忘れた事に気付いた。家の長男に「肴を貸して」と頼んだ。後で返すから菓子もしくは缶詰でもないかという意味だが、長男は銛を持って池に潜った。嫌な予感がした。彼は魚を突いて戻って来た。小魚が4匹獲れていた。少年の手の平でピチピチ跳ねた。 「せめて焼いてくれん?」 お願いした。が、火を使っちゃダメと両親に言われているらしい。 「三枚におろすね」 長男は小魚を丁寧におろした。刺身で食わせるつもりだろうか。黙って見てたら魚は冷蔵庫へ行った。親が帰って来た後、焼いて食べさせるそう。 肴なしでビールをチビチビやりながら跳び込み大会を見学した。 しばらくすると噂を聞きつけた近所の子が海パン一枚でやって来た。 この少年は三年生らしい。一年生のレベル9を見てメラメラ燃えた。レベル2からスタートし、0.3刻みで着実に進歩を重ね、気が付いたらレベル5を跳んでいた。 この少年の飛び込む姿がおもしろかった。鉄腕アトムの如く右手を突き出し天に向かうと思いきや、その姿勢のまま横に跳んだ。 レベルが上がると突き出した手が丸くなり、イヤミのシェーみたいになった。 どちらにせよ跳ぶ姿勢として変わっていた。その理由を聞いた。 「ぼく普通に跳んどるばい!カラクリうるさい!がんばっとるとだけん!」 彼は少なくとも100回は跳び、最終的にレベル9を制覇した。最後の跳び込みもやっぱりイヤミっぽかった。が、それは言わず、彼の努力を唯一の大人として全力で褒めた。 よく見ると腹打ちの痕が残っていて、ヘソを中心に赤くなっていた。痛かろう。辛かろう。何が彼を掻き立てたのか。年長の意地。女子の視線。いや、夏の力に違いない。少年の目は燃えていた。そしてレベル9を制覇した途端、水への興味を失った。スタコラサッサ、少年は家に帰った。 ちなみに我家の次女も跳んだ。次女は小学六年生、この中ではダントツ背が高かった。が、いかんせん運動神経が極めて悪かった。マジンガーZが空跳ぶみたいな格好で両手を上げて「ほいっ!」と叫んだ。 「それじゃダメだよー」 三つも年下の海パン少年にバカにされ、レベル3で終わった。 ちなみに私は25m泳げた事が一度もない。人間は進化の過程で水を出て陸に達した。泳ぐ必要はないと思っていて、少年時代、同様の跳び込みで色んな人からバカにされた。 「この臆病者!何で跳び込まんとか?」 「カッパに足ば引っ張らるっでしょーが!」 今もそう信じているし、今の今までそうやって逃げてきた。 「ヘソより上の水場には寄らない、だって死にたくないもん」 これは私の私における揺るぎないポリシーだった。 さて、日没が近付くと急激に風が冷たくなった。南郷谷は四方を山で囲まれてるゆえ日没が早い。日が落ちるとパラダイスは修行の場になった。 女子は急いで男子から離れ、濡れた水着を脱ぎ、乾いた衣に着替えた。 「男子はどうか?」 この家の子供を見、なるほど感心した。 熱々の石にピッタリ引っ付き乾くのを待った。表が乾いたら仰向けになって裏を乾かした。 「ゴロゴロしよくと乾くばい」 お好み焼き式乾燥法、真夏の知恵を見た。 ところで何人かの子は仕事帰りの親が迎えに来た。皆口々に「カラクリさん暇でいいですね」って言ったり言わなかったり、そういう顔で私を見た。 「家主不在のお宅で今度は何を企んでるんですか?」 私の手にはビールの空き缶があった。大人は必ず缶をチラ見で微笑んだ。「平日夕方、明るいうちからいいわねぇ」とは言わない。そういう顔で私と缶を交互に見た。 「これですか?」 私は空き缶を持ち上げた。 「今を正直に、今を楽しんでます、夏ですもの」 私は板東池が気に入った。気に入ったら飽きるまでなんかやりたい、そう思った。早速家主と相談し、8月28日、ここで異業種交流会をやる事が決まった。今度は日曜だから家主もいる。冒頭で書いたように家主は夫婦揃って変人だから、 「池で飼ってる鯉やスッポンをみんなの前で殺して食べよう」 そう言った。他にも養殖もののヤマメを放し、掴み取り大会もやるらしい。 「子供が多いから、ザ・グロテスク、命の教育をやろう」 板東さんはそう言って大いに張り切ってくれた。うーん頼もしい。一切合切お任せしたいと思った。 「ああ楽しい!楽しいよう!」 大人も子供も一生懸命が夏っぽい。 夏パラダイス板東池で正しい夏を見せてもらった気がした。 |
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