第134話 男と女と帯広のママ(2018年1月) 居酒屋で呑んでたら隣の若いカップルが喧嘩を始めた。理由は知らない。知らないけれど女が一方的に怒り、男は女が呼吸するタイミングを待って「俺は悪くない」と言った。 女は泣いて暴れた。男は「恥ずかしいから店を出よう」と女の手を引いた。が、女は泣いて突っ伏し、次第に男もあきらめた。 二人には悪いが、私と相方にはいい肴になった。泣き喚く知らない成人女性を間近で堂々と見られる機会はあんまりない。 「お二人さん大丈夫?」 相方が優しく声をかけたが、この真意は「ザ・やじうま、おもしろそう」に他ならない。 「お騒がせしてすいません」 男が謝った。 私と相方は双子みたいにピッタリ笑顔で手を振って、更に練習したみたいに「若いっていいな」とハモった。 女はしゃくりあげながらおじさん二人を睨んだ。おじさん二人は睨みを笑顔で受け流し、もう一度「若いっていいな」と言った。 酒も入ってやじうま気分も最高潮。事態は全く掴めねど、何だか二人とも楽しくなった。 「ま、ビールでも呑んで落ちつきなさい」 男と女にビールをおごった。男は喜んだ。喧嘩を終わらせるならここだと思ったに違いない。突っ伏す女を置いて我々の方へ寄ってきた。が、女は男を呼び止めた。男の袖を引き「あんたが悪い」また言った。 「は?まだ言う?」 またヒートアップしてきた。ドキドキわくわく。おじさん二人は喧嘩を止めるフリをして実はやじうま絶好調。「やめろー」って言いながら(やれー)って思った。 「男と女の事は必ず双方に非がある、よーく話し合った方がいい」 結婚に失敗した相方の言葉には説得力があった。が、男と女はそれを知らない。言葉の通り受け取って、男は「へい」と頭を下げ、女は席を立ち怒り狂った。 「私は悪くない!何も知らない人は黙って下さい!悪くない!悪くない!私悪くない!悪いのはコイツ!」 おじさん二人は黙った。 相方は元嫁との喧嘩を思い出し、何だか数年前の茶の間の気分になったらしい。 「女のヒステリーって、みんな言う事一緒?私悪くないってアイツも口癖だった」 「知らん、でも似たような現場を見た事ある、たしか北海道の帯広」 私は五年前の北海道を思い出した。似たような現場があった。 手元の手帳によると2013年4月とある。 森進一の襟裳岬を聴いてたら春の襟裳岬に行きたくなった。 「何もない襟裳の春が見たい!」 見たいと思ったらどうしようもない。むりやり網走に出張を入れ、車で家を飛び出した。 新潟で船に乗り、苫小牧で北海道に上陸。それから行けるとこまで行こうと東へ車を走らせ帯広で力尽きた。 街中の空き地に車を停め、その日は車中泊と決めた。 呑み屋を探した。時間が遅かった事もあり、居酒屋も食堂も真っ暗で、何軒かのスナックが静かな街を照らしていた。その中の一番地味な一つに入り、事情を説明し、食いものを与えてもらい、駆け付け三杯冷たいビールを流し込んだ。 呑んでる隣に若い男女がいた。 男と女は北海道弁で何か重苦しい話をしていて、その話がこじれて女は泣いた。泣いて喚いて男を叩き、男は叩かれるままジッとして何も言わなかった。 「私悪くない!あんた悪い!私悪くない!」 女は小一時間暴れ、その後おとなしくなり、男に手を引かれタクシーに乗った。 私は鮭とばという鮭の干物をモリモリ食い、北海道の地酒をガブガブ呑み、耳だけは男と女を向いて帯広スナックを楽しんだ。 カップルが帰った後、ママは何だか嬉しそうだった。 「何かあったんすか?」 「男と女のよくある事よ、ほら、今の二人うまくやったでしょ」 痴話喧嘩が始まる前、ママは男に助言したらしい。 「今日の勝ち負けは全部女にゆずりなさい、言いたい理屈は全部その場で呑みなさい、目を見る、黙って聞く、黙ってうなずく、今日は何も言っちゃダメ、明日の朝、頭が冷めて話しなさい」 男は「なぜ?」と聞いたそう。 「女ってそういうもんなの、悪者にされる事と負ける事が一番嫌い、特に熱くなってる時は勝つために何でもする、あんた殺されるかも」 何だかよく分からぬが、やたら説得力があった。それから「女ってそういうもんなの」って話を幾つか聞いた。その後、店の戸締りを手伝い、怪しげな店で「大ママ」と呼ばれる御歳七十の人と酒を呑み、ぐでんぐでんの状態でスナックに帰った。 「春とはいえ北海道の車中泊は死ぬよ、店のソファーで寝ていきな」 ママは元いい女だったらしい。その元いい女が言う「いい男」は「女を知ってる男」らしい。 私は終始「クマモト」って呼ばれた。 「分かったクマモト?女ってそういうもんなの、ヒステリーを笑って抱き締められる男にならなきゃ」 ちなみに帯広のママ、呑んで食って二千円しか取らないので五千円カウンターに置いて帰った。すると、ポロリ漏らした仕事場に速達で五千円が返ってきた。添えてあった手紙が実によかった。 「どうせ置いてくなら百万ぐらい置いてけ、返す」 嗚呼、男気が足りないと思った。 そういう訳で隣の騒動を以て私は帯広のママを思い出し、相方は元嫁を思い出した。 騒動のカップルはどうなったのか。 喧嘩の末に疲れ果てた男はタクシー代として女に一万円を渡し、逃げるようにおじさん二人に合流した。 「呑みましょう、はぁ、いらん体力と銭使った」 気落ちする男を相方はこう言って励ました。 「気を使う人、使われる人、稼ぐ人、使う人、男と女、世のならいだ」 僭越ながら私も大人ぶった。 「一万じゃ足りん!百万ぐらいポーンと渡して男だ!」 三人並んで肩組んだ。 「嗚呼、男は悲しいなぁ」 |
回想1:ホントに何もなかった襟裳の春 回想2:見てるだけで寒くなった網走湖の春 回想3:むりやり出張扱いにしてもらった仕事 |
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